何のために生きるのか
2007年11月12日(月曜日)
今週は2年前の刊行以来、ロングセラーとなっている五木寛之・稲盛和夫・共著『何のために生きるのか』をご紹介します。多くの読者の皆様より、今なお“感動の声”が寄せられている本格的人生論。読書の秋に、ぜひお読みください。 |
|
2007年11月13日(火曜日)
稲盛:今日は五木さんとお目にかかるのを非常に楽しみにしてきました。というのは、“たましい”が似ているのではないかという直観があったからです。
五木:合う音は相互によく響く。よく響くことによって、もうひとつの新しい音が生まれてくるというようなことが、人間対人間のなかでも、あるいは思想対思想のなかでも、あるような気がしますね。
2007年11月14日(水曜日)
五木:経済や政治については何も心配することはない。むしろ心配なのは、神代以来初めて日本人が体験するいのちの軽さ、それからこころの荒廃です。
稲盛:どうすれば、人は死ぬかということを知っていたので、むかしの子は、悪さはしたとしても、人のいのちをないがしろにすることはなかった。その点が、いまの子どもたちと違う気がしますね。
2007年11月15日(木曜日)
五木:むしろ絶望のどん底、真っ暗闇のどん底まで落ちてしまって、そこからドーンと足を突いて飛び上がらないことには光のほうに行けない。温室栽培の、24時間人工の光線に照らされているところにいて、そこに一条の光が雲間から射してきたとしても、それを光明と感じて感激することはありません。真っ暗闇のなかで、爪から血が滲むようにして希望を探している。そこへ窓から一筋の光が射してくるから、それを光明と感じて、人は感動するのです。
2007年11月16日(金曜日)
稲盛:この厳しい現世の荒波にもまれながらたましいを磨いて、死ぬときには、生まれてきたときのたましいよりも、もっと美しいものにしておきたい。死というのは肉体の死ではあっても、たましいにとっては永遠の旅立ちだと私は思いますので、その旅立っていく私のたましいをより美しいものにしたいという気持ちがあるのです。それがどうも神さま、あるいは自然が、われわれに与えてくれた「人生の意味」なのかもしれないなと思います。
2007年11月17日(土曜日)
稲盛:運命というのはこころによって変えられると思っているのです。そのこころが信念にまで高まったものであれば、それによって運命は変えられる。
2007年11月18日(日曜日)
五木:「ここは独力でがんばろう、何とかしよう」という気持ちになったときに、後ろから他力が肩を押してくれるんですよ。だから他力は自力の母なのだと、僕はいつも言っているのです。







