ただいま100歳
2007年12月10日(月曜日)
今週は、弊社の月刊誌『致知』2008年新年号の表紙を飾った曻地(しょうち)三郎先生の著書『ただいま100歳』をご紹介します。障害児の教育施設としては日本の草分け的存在である「しいのみ学園」(福岡)の園長として、101歳の現在も、青年のごとく生き生きと活躍されている曻地(しょうち)先生の人生、「健体康心」の秘訣に迫ります。 |
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2007年12月11日(火曜日)
長男の有道が脳性小児麻痺と診断された頃の出来事です。「この子の三年先はどうなるのか?五年先、十年先は?」(中略)俯く頬を涙が伝っていました。その涙の中から見出した
言葉がこの言葉です。「科学には限界があるが、親の愛情には限界はない」。医者には見捨てられても、親は見捨てない。「子どもを必ず歩かせてみせる。必ず一人前にせずにおくものか」と決意を固めたのでした。【私の原点】より
2007年12月12日(水曜日)
私たちは三人の子どもに恵まれましたが、長男と二男が脳性小児麻痺により、満足に学校教育を受けることができませんでした。家の近くを通る子どもたちを見て、兄弟二人が抱き合って「自分たちは学校に行けない」と泣く姿。家内から「学校をつくろう」という言葉が出たとき、私は二つ返事で賛成することができませんでした。「イジメのない学校をつくろう」それが、昭和29年に妻と二人で「しいのみ学園」をつくる基となりました。【私の原点】より
2007年12月13日(木曜日)
昔は、不登校児なんていませんでした。何故なら、家にいる方が辛い。稲刈や田植えなど、家にいると仕事をしなくてはならないから学校へ行っていました。学校で誰かにいじめられたら、いじめられたと同じ方法でいじめ返せばいい。強くなければ人間は生きていけない。勉強に挑戦、友だち付き合いも挑戦。厳しいことを乗り越えていくところに、人間の強さが生まれてくるのです。【常に前進!】より
2007年12月14日(金曜日)
私の人生には、いわゆる「迫害」があり、それに向かって戦い、その迫害に負けてしまったら人生駄目だと決意して、迫害を正していく努力を続けてきました。それが生き甲斐につながったと思います。(中略)「人生は戦いである」「負けてはならない」というような気概を小さい時から持っていました。百年通したことといえば、そうしたことでしょうか。【常に前進!】より
2007年12月15日(土曜日)
「小さきは小さきままに 折れたるは折れたるままに コスモスの花咲く」
これは『しいのみ学園』十周年記念式典をしようとする秋の日に、付近に咲いていたコスモスを見てつくった短歌です。まっすぐ立っているもの、倒れているもの、大きいもの、小さきもの、いろいろ咲いているコスモスが、私には子どもの姿に見えたのです。【常に前進!】より
2007年12月16日(日曜日)
私がつくった言葉に「一日一知」があります。一日に一つでも新しいことを知ることは生きている喜びです。(中略)常識を打ち破るところに人間の生きがいがあります。百歳でも勉強する。中学三年生のような気持ちを持って勉強する。毎日が前進です。人間、前進しなければ、これを「老いる」という。年をとるということは時間の計算ではなく、人間の生き方の計算です。「一日一知」「三百六十五日たてば三百六十五知」です。がんばりましょう。【常に前進!】より







