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人生を癒す 百歳の禅語

2008年05月05日(月曜日)

難しいと思われがちな禅語。
しかし、百歳の名僧が説くとこんなにも面白い!

本書は、現役で活躍する百歳の禅僧が、
豊富な人生経験に基づき禅語についてやさしく語り下ろしたもの。

「『柳緑花紅』――柳は青々として花は紅くなっていく。
そういう何事も不思議のない当たり前のものの中から
『真・善・美』といった真理を汲みとって見ていくことができるのです」
と名僧の著者は語ります。

禅になじみのない人も本書を読むことで自然と禅の極意に触れ、
仕事や人生にその教えを生かすことができる一冊をご紹介します。

これを機に禅の世界を堪能してみませんか?

人生を癒す百歳の禅語

2008年05月06日(火曜日)

苦しいことから逃げたら、どこまでも苦しみがついてきます。

その苦しみや悲しみに打ち克つためには、
その悲しみや苦しみに同化し、成りきり、
徹することが大切なんです。

だから、悲しいときにはアーンアーンと
思いきり泣いたらいいんです。

苦しいときにはウーンウーンと苦しんだらいいんです。
(「逆境の中に安らぎを得る」より)

2008年05月07日(水曜日)

いい教えを得たと思いました。
自分たちもこれから、山の中に咲いた桜の花のように、
誰が見てくれようと見てくれなかろうと
真っ当な生き方をしていこう、と。
それでみんなで、
「人が見ているからきれいに咲く、人が見ていないからやめる
 というような裏表のある生活はやめような。
 生活が苦しくても、間違ったことをしないようにしよう」
と誓い合いました。
(「人知れず咲く桜の花に学ぶ」より)

2008年05月08日(木曜日)

私は現代の方に分かりやすいように、「仏性」というものを
「そのものを、そのものたらしめる根源的な心(命)」と申します。
(中略)
たとえば一枚のティッシュペーパーは濡れたところを
拭う機能を持っている。
これを「仏性」と見ていただければ
分かりやすいのではないだろうかと思います。
そう考えれば、物ははそれぞれの機能を持っている。
携帯電話は便利だけれど、
お茶をこぼしたからといって携帯電話でふくわけにはいかない。
携帯電話はティッシュペーパーの持っていない特性を持っている。
そういう機能を「仏性」と考えていただいたら、
身近にお分かりいただけると思う。
(「本来持っている機能を十分に発揮しているか」より)

2008年05月09日(金曜日)

若い時は、仕方なしにとか、他からの命令で勉強をすることが
多いから身につかないけれども、自分で恥をかいたり、
自分で行き詰まってきて勉強すると、真剣だから身についてくる。
だから勉強するのには遅すぎることはないのです。
必要な時に学んでいけば、きわめて大きな効果を生むことができる。
そう考えると、人生というものは
「これでお仕舞い」ということはない。
いつもingで永遠に続いていく。
だから人間も「これでいい」っていうことはないんですね。
(「“人生不可解”なるがゆえに学び続ける」より)

2008年05月10日(土曜日)

最後に、種田山頭火の
「いつ死ぬる木(こ)の実(み)は蒔いておく」
という句を取り上げます。
「このみ」は「きのみ」と読んでもいいのでありますが、この句は
「いつ死ぬか分からないけれども、
 あとのことを考えて木の実は蒔いておく」
という意味です。
そうすれば、本人は死んでも、やがてその木に花が咲き、実が実って、
多くの人の役に立っていくことができるというわけです。
(「死してなおお役に立つ生き方」より)

2008年05月11日(日曜日)

“傍(はた)楽”にさせるから、“働く”というのだ、
と何かで読んだことがあります。
おもしろいですね。
この言葉からも分かりますが、生活やパンのためではなく、
傍(はた)の人を楽にしていくために働くから功徳になる。
だからそこに、何かの目的を果たすためだけではなく、
目的が果たされようと果たされまいと、
自分がすべきことをしていくのだという
深い人生の目的が生まれてくるのです。
(「働くことがそのまま人のためになる」より)

 
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