致知BOOK WEB > 今週の一冊 > 西郷隆盛人間学

西郷隆盛人間学

2008年05月26日(月曜日)

西郷隆盛の名を知らない人はおそらくいないでしょう。

薩長同盟の成立、戊辰戦争、江戸城無血開城、西南の役など
歴史が大きく動いた出来事に頻繁に関係しており、
教科書にも多数載っています。

しかし、その崇高な哲学、人間性までをも理解している人は
それほど多くないのではないでしょうか?

今週は、人間としての正道を貫いた西郷隆盛の
珠玉の言行録をご紹介します。

西郷隆盛人間学

2008年05月27日(火曜日)

 人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、
 己を尽くして、己を尽くして、人を咎(とが)めず、
 我が誠の足らざるを尋(たず)ぬべし。(『西郷南洲遺訓』)

【訳】人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして自分の
   最善を尽くそう。人を咎めるのではない。あくまでも自分
   足らないところを反省しよう。

この一条は西郷隆盛の思想の真骨頂を表しており、
西郷は政治家である以上に、偉大な思想家であり、
宗教家だといわれる根拠とされるものである。
(「人を相手にせず、天を相手にする」より)

2008年05月28日(水曜日)

かつて西郷は、とある車曳(ひ)きが大きな荷物を積んだ
大八車(だいはちぐるま)を引いて坂道を登ろうと
難儀しているのを見かけた。

(中略)それを見た西郷は、
近衛都督の正装をしてサーベルを下げているのも構わず走り寄って、
大八車の後を押し始めたのだ。

従者があわてて制止したが、西郷は利金で真っ赤になった顔を振り向けて、
「何ば言おっとか、お前も手伝え。もう少しでこん坂を乗り切らるっど」
と懸命に押した。
西郷は筆頭参議だったから、今でいえば総理大臣である。
(「辛酸骨に透って我が真を見る」より)

2008年05月29日(木曜日)

土にまみれた生活をすると、
人は純朴になり、笑みがこぼれるようになる。

そして笑顔はいつしか天の光を宿すようになる。

いつごろからか私は、人生を肯定的にとらえるようになると、
その人の表情は笑顔になることに気づいた。
(「笑顔は天の花」より)

2008年05月30日(金曜日)

学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。
さりとてただそのことだけに偏倚(へんい)すれば、
身を修めるに疎(うつろ)になりゆくゆえ、終始、
己に克(か)ちて、身を修めるものなり。(『西郷南洲遺訓』)

【訳】学問を志す者は、理想を高く大きくしなければいけな
   い。けれどもそのことだけに偏(かたよ)ると、修業
   が疎(おろそ)かになり、ただ学問でえできれば行い
   などどうでもよいということになりがちだ。だからい
   つも自分のわがままな心を克服し、道義心を修めなけ
   ればならない。
(「身を修めるには自分に克つことだ」)

2008年05月31日(土曜日)

幾たびか辛酸(しんさん)を経(へ)て志始めて堅(かた)し
丈夫(じょうふ)玉砕(ぎょくさい)甎全(せんぜん)を愧(は)ず
一家の遺家(いじ)人知るや否や
児孫(じそん)のために美田(びでん)を買わず

【訳】人は何度か艱難(かんなん)辛苦(しんく)を経て、はじめて
   意志が堅固になっていく。男児たるもの、たとえ玉となって砕
   け散るとも、欠けていない瓦のように、身の安全を図ってただ
   いたずらに生き延びているだけなのを恥とする。我が家の遺
   訓を人は知っているかどうか。児孫のために美田を買い残す
   ことはしない。
(「故きを温ねて新しきを知る」より)

2008年06月01日(日曜日)

私(著者)は西郷隆盛が宇宙の哲理をちゃんと見極めていて、
聖賢の道を踏み行おうとするものは必ず災厄に遭うものであると自覚しており、
それを真正面から受け止め、乗り越えようとしていたことを高く評価する。

困難や災厄に出遭ったとき、私たちはどうしても波風たてないように立ち回り、
うまく世渡りしようとしてしまう。

しかしそれは違うと西郷は言う。

そんな時は小手先の術を弄(ろう)して
当面を切り抜けようとするのではなく、前にも増して動議を踏まえ、
事の正否や自分の生死は忘れて、ひたすら打ち込むことだという。
(「人生の王道を歩む」より)

 
今月の月刊致知
9月号特集
「変化し、成長する」

●対談 変化・成長する人の極意 [脳と心の鍛え方] 茂木健一郎(脳科学者) &塩沼亮潤(慈眼寺住職)

詳細はこちら