中江藤樹 人生百訓
2008年07月07日(月曜日)
江戸時代初期、近江(おうみ)の国で私塾をひらき、儒学(陽明学)を教えながら「人としての道」を説いた中江藤樹。その徳行から”近江聖人”と称えられ、今も多くの人々の尊敬を集めています。今年は、その中江藤樹生誕400年の記念の年にあたり、各地で記念行事も開催されています。 |
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2008年07月08日(火曜日)
本書にかかげた百訓は、四百年前の古典としての知識ではなく、混迷の度をますます深めつつある、現在に生きる私たちのおおきな指針になるものばかりであると、私はふかく信じている。(「序」より)
2008年07月09日(水曜日)
「父母のおんとくはてんよりもたかく、海よりもふかし」(「父母の恵みは計りがたし」より)
2008年07月10日(木曜日)
「それ学問は心のけがれをきよめ身のおこないをよくするを本実(ほんじつ)とす」(「ほんとうの学問とは」より)
2008年07月11日(金曜日)
「それ天下の宝二つあり。人々の心の中に明徳と名づけたる無価(むげ)の宝あり。これを性命(せいめい)のたからといい、天下第一の宝なり」(「明徳は天下第一の宝」より)
2008年07月12日(土曜日)
「いかで我(わが)こころの月をあらわしてやみにまどえる人をてらさん」
ーー藤樹の学問は、経書の解釈研究に終始したのではなく、おのれの明徳とともに、門人や郷党の人たちの明徳をも明らかにするための「心学」であった。(「明徳をすべての人に」より)
2008年07月13日(日曜日)
「孝はこれ天地万物の父母、これ人は万物の霊、万民皆天地の子にして、我も人も人間の形あるほどの物、ことごとく兄弟なり。元来骨肉同胞の理(ことわ)りなれば、いずれを尊(たっと)び、いずれを卑(いやし)み、いずれを慢(あなど)り、いずれを軽んずべき道理一つとてなし」(「万民みな天地の子」より)







